「ウノ!ドス!トレス!」注1レフェリーのカウント。 アレナ・ナウカルパン注2に観客の歓声がこだまする。今日の第3試合、おれと宿敵ミステル・ブランコ・Jrとの久々の対決だった。結果は見ての通りおれのフォール負け。こんなおれにもファンはいる。あぁ、またファンを悲しませてしまったなぁ。 おれの名前はエル・バンコラン・Jr。もちろんあの伝説のルチャ・ドール注3エル・バンコランの息子さ。オヤジは5年前、あいつのオヤジ、ミステル・ブランコとの試合中コーナー最上段から場外へのパイルドライバーで死んだ。いや、殺されたんだ。 あいつのオヤジが憎い。あいつのオヤジは未だに現役のカンペオン注4。おれはいつかこの手でベルトを奪い、ルチャ界から葬ってやろうと思っているのさ。しかし、オヤジの前にあいつをコテンパンにしてやらないとな。 ブランコとはガキの頃からの腐れ縁。いつも一緒に遊んでたんだ。一緒にオヤジ達の試合を見に行って、休憩時間にはルチャごっこをしたりして。 ハポン注5の諺に「坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い」ってのがあるそうだけど、まさにそんなかんじ。オヤジの死後あいつのオヤジはおもちろん、ブランコまで憎いんだ。 ふっ、こんなこと言っててもしょうがないな。負けはしたけど今日の試合は終わったんだから。さぁ、飲みにいくぞ。行き付けの飲み屋があるんだ。ちょっとイイ店なんだぜ。 おれは酒屋ニンテ・ドーンの立て付けの古い分厚い木のドアを開けた。 「Hola !」注6 いつもの笑顔。立派なヒゲをたくわえた腹の出た気のいいオヤジ、この店のオーナーのマリオ、かなりのキノコ好きなんだ。自分のことをスペル・マリオ注7なんていいながら拳を突き上げてジャンプするんだ、笑っちゃうね。あの様子じゃ今日の試合結果はもう知ってるってかんじだな。 「テキーラでいいか?散々だったんだろ。」 ははは、やっぱりマリオはお見通しだよ。おれは苦笑いしながらカウンターについた。こうしてここでテキーラを呑んでると嫌なことってすぐ忘れちまう。もちろん楽しいことがあればその楽しさをいっぱいにしてくれる。ここはそんな店なんだ。 「キノコ食えよ、キノコ。大きくなるぞ。」 またマリオがなんかいってるよ。いつもこんな調子でおれをなごませてくれるんだよな。 ふぅ、少し酔いがまわってきたみたいだ。疲れた身体にテキーラはちょっと効きすぎる。毎度のことながらヤメラレナイよ。そろそろ帰らくちゃな。 「アスタ・ルエゴ!」注8 ニンテ・ドーンの帰り道、夜空を見上げると星がキレイだった。 |
注1スペイン語で、数字の1、2、3。フォールの時のカウントですね。 注2メキシコの有名なルチャ会場。アレナは会場の意味。 注3レスラーのこと。また、メキシコのプロレスをルチャ・リブレといいます。 注4チャンピオンのこと。 注5日本のこと。 注6メキシコの挨拶。オラ!=やぁ! 注7英訳すると、スーパー・マリオ。 注8スペイン語で、さようなら。ちなみにこんにちはは、ブエナス・タルデス。 |