
■自然史博物館からのお知らせ(省略)
埼玉県の北西端、秩父郡大滝村の山奥に株式会社ニッチツの経営する「秩父鉱山」があります。約30年前までは、ここは県内唯一の金属鉱山として知られ、「秩父金山」とも呼ばれてきました。
鉱山開発の歴史は、江戸時代初期の慶長年間(1600年代)に発見され、甲斐の武田氏が金を採掘したと伝えられています。また、江戸時代の博学者 平賀源内も金鉱探索に入山しました。以来断続的に金鉱が採掘され、「金山」の名称が継承されてきました。鉱山の本格的な開発は、昭和12年以後で、金・銀・銅・鉛・亜鉛・鉄鉱石など多種の鉱石が採掘され、わが国屈指の金属鉱山となりました。しかし、今から30年ほど前に、金属鉱床から大理石や珪石(けいせき)の非金属鉱床の採掘へと様変わりしました。
表紙写真の自然金は、同鉱山の大黒坑と呼ばれる鉱床から産出したもので、「金山」としての史実を語る物証として貴重なものです。かつては、このような金鉱石が多量に産出したと言われていますが、現在では経営者の標本室等にわずかに残るのみです。
鉱山の鉱床中に含まれる自然金は、「山金」とも呼ばれます。元素鉱物である自然金には、わずかな銀も含まれます。一般に色は黄金色をなし金属光沢の六面体、八面体、十二面体結晶をなす事もあるが、通常は網状、樹技状、糸状、塊状をなします。秩父鉱山の自然金は、黒色の金属光沢をなした鉄閃亜鉛鉱(てつせんあえんこう)に伴っています。ときには、毒物である砒素(ひそ)を含んだ硫砒(りゅうひ)鉄鉱とも共生しています.形状は針状または微細な粒状結晶の集合をなしますが、写真のようなヒモ状のものもあります。標本は、金の含有量が多く何十年の歳月が経過した今日、黄金色のみごとな輝きを放っています。
秩父鉱山には,自然金の他にも数々の美しい鉱物を産出し、鉱床・鉱物学的にも世界的に知られています。それらは、今からおよそ500万年前(新生代第三紀中新世頃)に秩父中・古生層中にマグマが貫入し、これに接する石灰岩の周辺部に産出しています。
(陳 詒漢氏所蔵)
(主任学芸員 坂本 治)