まぐさ場(秣場)の植生とまぐさ場起源の二次林

田村 説三
355−03埼玉県比企郡玉川村日影1638

要 旨 里山には,中世から近世,明治期にかけてまぐさ場(秣場)と呼ぶ採草地が広く存在していた.
 明治14年に作成された迅速図や近世文書である検地帳などから,まぐさ場の植生には,草地的なものと,草地に小樹の茂った樸叢的の二つの型があり,草地的な植生として,ススキやその他の草が茂った原と,ススキの原にアカマツの高木が点在したものが,また,樸叢的な植生として,ススキの原にコナラの小樹が茂ったものがあることが推定できた.
 他方,ほうき谷まぐさ場跡(玉川村)の現植生は,草地的まぐさ場に,天然下種によって成立したと推定されるアカマツ林,アカシデ林,また,樸叢的植生から成立したと推定されるコナラ萌芽再生林からなっており,現在の里山の二次林の中には,過去におけるまぐさ場の植生をそれぞれ反映した林分のあることを確かめることができた.

キーワード:草地的まぐさ場,はく(木へんに業)叢的まぐさ場,迅速図,検地帳,まぐさ場跡二次林




Vegetation of Magusaba, and the Secondary Forests Origins
in Magusaba Vegetation.

Setsuzo TAMURA
1638 Hikage, Tamagawa-mura, Hiki-gun, Saitama


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