透明TUUSIN・6

透明 TUUSIN no 6  '99.9.9


“ガラス作家になるには?”
 7月に日経インテレッセの1面に載せて頂いてから、色々なお便りをいただきました。 ありがとうございました。励ましや、アドバイス、そしてどうしたらガラス作家になれるでしょうか というもの。これにはかなり困っています。答えはありません。多少の参考になればという気持ちで 書かせて頂きます。(これはあくまでも、伊藤個人の経験に基ずく考えです。)

 当然ガラスが大好きで、もの作りが好き、この気持ちが無ければ始まりませんね。 まず体力!何よりも体力。吹きガラスをやるには体力です。体力の無い人はあきらめて下さい。 技術を習得するにも、工房を維持するにも絶対必要ななものです。吹きガラスの技術の 習得には5年以上は必要だと思います。
 そして感性、これは一人一人がそれぞれ持っているもの。教えられるものでもないし、 努力だけで得られるものでも 無いような気もするし、天性もある。生き方とか、こういうのが好き!とかは大事にした方がいいと思う。 自分で磨いていくものですね。
 そして貧乏な暮らしに耐えられる人。ガラスの個人工房は色々な経費が非常にかかり作家として 食べていくのは非常に難しいのが現状です。工房を持っても、ガス代 が払えないなんて事になり兼ねない。リッチな暮らしをしたいなら、ガラス工房はやめた方がいいと思います。

 基本的に創作活動をしたいという人は、自分でどんどん考えていく人、 問題があったらすぐ答えを欲しがる人ではなく、自分で探していく人だと思います。
 マニュアルが無いと生きていけない。習った事だけ間違えないようにやればいい (今の学校教育の問題もあると思いますが)とかいう人はやめた方がいいと思います。
 ガラス作家になる道も自分で切り開いて下さい。


 写真は工房での制作風景。(写真があまりよくなくてごめんなさい。)
 参考資料 グラス&アート22号「全国のガラス造形教育機関」 問い合わせ 03ー3222ー5015

音楽大好き!私の音楽史 Vol,1

 音楽って不思議ですよね。手に触れることも出来ない。空間を流れていく。 音楽って何次元の"もの"なのでしようか?音楽を聴くと心地良くなったり、励まされたり、 違う次元に連れて行ってくれたり・・・。最近21世紀に伝えたい歌とかやってますけど 音楽大好き人間の私としても私の個人的音楽史を振り返ってみたい。
 最近過去のビッグアーチストを取り上げた番組も多く、年を重ねたせいか年月を経ても 色褪せない音楽たちの力を感じることも多いですね。ただ私が残念に思うのは、レコードから CDに変わりレコードが聞けなくなった事、そして今、CDとして復活していない音楽にも いいものがたくさんあったという事です。(ちなみに今、私が聴く音楽はカセットテープが基本です。 最高の音楽空間は車の中です。)


 @ * *  おませでミーハー・流行に乗る 子供〜中学生時代。私の年齢は? * *


 私の家でテレビを買ったのは私が小学生の4年生の時。それまではラジオを1日中つけて いるという感じの家でした。(三本立の映画などもよく見にに行っていたようです。) もちろん、数十年前ですからFM放送なんてありません。
 当時流行っている歌謡曲が、ラジオからいつも流れていました。私のアイドル第1号は橋幸男です。 「潮来笠」がヒットして人気急上昇でした。小学生低学年の私はアイドル月刊誌「明星」「平凡」などを 購入して騒いでました。ラジオから流れる歌をすぐ覚え歌ってたおませな女の子でした。今でも覚えているのは、 橋幸男と吉永小百合の「いつでも夢を」は特に気に入ってよく歌ってました。 そして「いつでも夢を」の映画も作られ見に行きました。
 小学生の高学年になると加山雄三の大ファンになり少ないおこずかいの中から、シングルレコードを 買っていました。その頃はテレビ(白黒)も我が家にもあり、「加山雄三ショウ」?のという番組もあり、 熱を上げて見ておりました。あげくの果てにはその番組にファンの参加するコーナーがあり、それに応募して テレビ局まで行きました.
 中学生になるとタイガーズに夢中!フィーバーぶりも益々エスカレート。アイドル雑誌を買い、 友達にも切り抜きをもらい、コンサートに行けばもちろん「キャーキャー」の大騒ぎ。寝ても覚めて もタイガーズ。思いっきり青春!(早いかな?)って感じですか。その頃はグループサウンズの大ブームで、 女の子はどのグループサウンズが好きとか、学校でも話題の中心でした。「ザ・モンキーズ」というアメリカ のアイドルグループサウンズで歌ありドラマありの楽しい番組が始まり、これも人気ががありました。


 A * *  自分なりの感性を持ちはじめる・深夜放送、林美雄さん  * *


 高校生になると益々音楽好きもエスカレート。その頃から「人と同じ事とかは嫌!」という私が本来持っている ひねくれ者の性質が表われてきました。時代の人気者には眼が向かなくなっていきました。  洋楽にも眼が向き(私にとって今より解りやすく、良い音楽も多かった!)カーペンターズ、 サイモン&ガーファンクル、フランシスレイ洋画の映画音楽もいいものがたくさんありました。

 この頃ラジオ番組のテーマ曲として流れていた素敵な女性の声、メロディーに強く魅かれていました。 その時間が来るのを毎日楽しみにしていました。その曲がレコードになりそして大ヒット、 由紀さおりさんの「夜明けのスキャット」です。ただしラジオのテーマとして流れていた時は歌詞は ありませんでした。スキャットだけで十分いい曲だと思いますが・・・。
 1960年代後半は深夜放送の黄金期。那ちゃん、チャコちゃん、加藤諦三さん(私がよく聞いて覚えている人) 毎晩のように聞いていました。その中で一番大好きで影響を受けたのがTBSのアナウサーの林美雄さん。  林さんはアナウサーなのになぜかアナウサーらしからぬ?(と私は思っていた。)一匹狼的な所があり、 自分の事を「下落合の緑ブタ、ブゥブゥ」等と言っていた。
 そしていい曲や新人を見つけてくるのが得意、 「こんど、美大生の女の子がデビューします。」と荒井由美の「飛行機雲」なんかも誰も知らない時から 紹介してくれてた。吉田拓郎、井上陽水、ユーミン、石川せりの4人をゲストに呼んだ事があって「豪華!」 とか思ってた。林さんの人脈もすごい。陽水は「氷の世界」とか出す前で「傘が無い」で私は衝撃を受けました。

 今では当たり前になっているラジカセ、カセットテープと言うものができそしてFM放送が始まった。 18歳の頃私は初めてラジカセを買った。FM東京は開局したばかり。クリアな音。 そして流れてきたのが「傘が無い」。雨の降るようなバイオリンのメロディーが頭の中で回ってた。

 60年代後半から70年代始めはフォークブーム。「結婚しようよ」が大ヒットで拓郎は超人気者。  六文銭というフォークグループ(小室等さんがリーダー)がありファンでした。 特に青白そうな及川恒平さんが作る曲が好きでした。「旅立ちの歌」がヤマハの世界歌謡祭でグランプリを 取ってびっくり!数年後音楽の教科書に載って2度ビックリ!
 石川せりは、林さんの大好きな映画「8月の濡れた砂」(藤田敏也監督、村野たけのり主演)のテーマ曲を 歌っている。しょっ中掛けていた様な気がする。そう言えば原田芳雄もゲストで出た事があった。 「りんご追分」(美空ひばりの名曲)を熱唱、原田芳雄の「りんご追分」になっていた。
 ムーンライダーズの前身はちみつぱいの「ぼくのしあわせ」という曲もよく聞いた。バイオリンの音色が 深夜の心に深く響いた。「せんちめんたる通り」というLPも出ていていいアルバムだったなー。  森田童子、山崎ハコも林さんが教えてくれた。最近数年前、森田童子の曲がドラマ「高校教師」から流れ 驚いた。これは日影に置かなきゃいけない植物を、いきなり日に当てられたような気がした。 今の人にも受け入れられたという事が不思議でうれしくもあるが。
 林さんは今どんな音楽を聴いているのかな?私もおばさんになったから、林さんもおやじかな?

 最近、2枚組のベストアルバムも出ましたがここで  私の陽水ベスト3

  1位 5月の別れ  2位 夢寝見   3位 傘が無い
  ps いつのまにか少女は がベスト版に入っていいなかっのは残念でした。       

 

透明通信・5 '98,8